BBSの真実。|BBS STORY_01|0と1の間にある感触。 Part1

先人たちは「アルミニウムは生き物だ」と言って僕らを鍛えてくれた。「アルミがどう動いているのか、アルミが喜ぶような設計・生産をするべきだ」と。それはコンピューターのない時代から一貫して宿っているBBSジャパンの魂だった。

0と1の間にある感触。

BBSジャパンの核技術は型鍛造ホイールの生産だ。キモとなるプレス機は、今や10台以上が24時間体制で稼働している。一昨年には最先端技術を持つ1万2000tものプレス機を導入した。また、高岡本社兼製造工場のすぐそばには、1万6500㎡もの敷地面積を持つ四日市工場を新設し、そこにはフルオートメーションの塗装工場が置かれている。2020年でブランドの創立から半世紀を迎え、日本の製造技術の上で大きく発展したBBSホイールだが、決して偉大なる歴史の上に胡座をかかず、インフラの拡充には余念がない。この数年で「数十億円以上の投資をした」とサラリと言ってのけるところに、世界最高峰のホイールメーカーである自負と自信を、そして何よりも責任感を持つように感じた。

しかし、規模やインフラだけで世界最高峰に居続けられるわけではない。重要なのは、その使い方である。そこで本質として、昔も今も「人間の手触り」に重きを置くところがBBSジャパンらしさだと知った。冒頭に記したのは、生産の要となる鍛造“型”を設計するエンジニアの言葉だった。

日本の鍛造技術を使ったBBSホイールが生まれたのは、今から40年近く前のことだった。1983年に試作品が完成し、その翌年から量産を開始したBBS初のアルミ鍛造3ピースホイール「RS」だ。それはメッシュと呼ばれる繊細なクロススポーク形状を、日本の鍛造技術を持って鍛造ホイール化したことを意味した。非鉄金属系の軽金属を地場産業として栄えた富山県高岡市にあったワシマイヤー社の技術が欠かせなかった。彼らは鍛造製法を用いて繊維編機用の大型ビーム(糸巻き)を製造する会社だったが、需要の減少とともに経営に苦しんでいた。だが、直径1.0m、重さ100kgもあるような巨大な編み機を鍛造でつくる技術は、世界を見渡してもそうあるものではない。ワシマイヤーはこの技術をドイツBBSホイールの生産に生かしたいと目を付けた。交渉は順調に進み、ワシマイヤーはBBSと提携し、当時の日本BBS株式会社が立ち上がることになった。

当時はCADやデジタル解析ツールなどない。手書きの図面を基に型を起こし、一つひとつ手作業で実験・検証した時代だ。プレス機の前には技術者や職人全員が集まって、手と顔を真っ黒にしながらその仕上がりに一喜一憂する。そうした経験の蓄積は、次第に技術が進歩しインフラを拡充させた今だからこそ、逆に何にも代え難いブランドの財産だと彼らは考えている。

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